(しろうジャーナルNO.79 2015年3月15日 配信)
埼玉県済生会栗橋病院副院長・小児科部長 白髪宏司先生
【小さいアメリカ大統領はいません…】
英国の小児科雑誌に、「低身長のこども達は損か得か」といったテーマで論文が出ました。結論は、「小さいことは決して不利ではない」。でした。
これを友人のアメリカ人医師と話していた時のことです。彼曰く、「でもアメリカ大統領に小さい人はいなかったよ。初代大統領のジョージ・ワシントンの6フィート越え(=約183cm)に始まり」と・・・。説得力のある事実でした(大統領になれることが良いのか悪いのかは別議論です)。
歴代アメリカ大統領の身長をネット検索してみました、過去44人の大統領の内、アメリカ人男性平均身長177.6cmより低かったのは14人、31.8%にとどまりました。
庶民に愛されたリンカーンは193.0cm、現在のオバマ氏は185.4cmです。そして、日常診療の現場では、「チービ」といってからかわれるから嫌だ、という子ども達を多く知っています。低身長では自己肯定感を表出しにくいかもしれませんネ。
【低身長の定義や診断は?】
低身長が病的なのか生理的範囲内なのかは、日本の子ども達の「標準・成長曲線」に照らし合わせて評価します(成長ホルモン製剤を扱う各製薬会社や日本小児内分泌学会の
ホームページからのダウンロードが便利です)。
グラフの中に「-1SD」「-2SD」という表記があります。SDは標準偏差のことです。95%のこども達の身長は-2.0〜+2.0SDの中にあり、-2.0SDよりも大きなこども達は直ちに検査する必要はありません。
精査の対象は、-2.0SD以下のこども達(クラスで一番小さい児に、ほぼ相当します)です。これは、-2.0SD以下のこども達には保険診療での治療の可能性があるからです。治療ができるかどうかは、病院で成長ホルモン分泌負荷試験などを行って判定します。
【両親も小柄だし、私も中学でぐっ〜と伸びたからきっと大丈夫!?】
ご両親からの遺伝的な背景は、最終身長を決定する重要な要因の一つです。そこで、ご両親の身長からお子さんの最終身長を推測する式を紹介しましょう。お父さんとお母さんの身長を足して2で割るのですが、男児と女児では次の式の様に13cmを足したり引いたりします。
男児の予測最終身長(cm)=(父の身長+母の身長 +13)÷ 2。女児の予測最終身長(cm)=(父の身長+母の身長−13)÷ 2。計算された最終身長をグラフの17歳の辺り中に書き込むと、本来の最終身長は何SDになるべきなのかが分かります。
この最終身長SDと現在の身長SD値がかけ離れているようだと、精査を進めた方がよいでしょう。もちろん、兄弟の身長も大変に有用な資料です。兄弟と比べても明らかに小さい、でも偏食だから小柄なのかしら・・・と決めつけないでください。
ネグレクトなどの極端な愛情欠乏、著しい低栄養、甲状腺機能低下症、慢性腎不全なども低身長の重要な原因ですが、少し特殊な病態です。
【3歳のお誕生月に86cm以上ありますか?】
男女ともに、3歳0か月児の身長86cmが、ほぼ-2.0SDに相当します。これ以下の身長のお子さんは、ご両親もお子さんが小柄だと認識されているはずです。3歳児は、低身長の大切な初診のチャンス、治療開始のチャンスです。
母子手帳への記録はもとより、園での成長の記録も大切です。是非グラフにプロットしてみましょう。治療が可能なお子さんは、治療の開始が早いほど、最終身長も高くなることもわかっています。
6歳、小学校に入学してからの成長記録も大切です。最近では、前述の標準成長曲線にコンピュータ入力した成長曲線を学校養護教諭の先生が作成され、そのグラフと共に受診する低身長児も増えてきました。
ただ、小学5年生や6年生になってから、-2.5SD以上の低身長で初めて受診される方も少なくありません。これではせっかくの早期発見のチャンスを逃しています。是非これらの便利な資源を活用しましょう。「-2.0SD未満に気づいたらすぐ小児科医に相談」です。
【治療できる低身長、GHDとSGA性低身長症】
こどもの低身長の原因で最も多いのがGHD:成長ホルモン分泌不全性低身長症です。GHはGrowth Hormoneすなわち成長ホルモンの略で、Dはdeficiency(不足)の略です。脳のほぼ中央に位置する脳下垂体という場所から分泌されるGHの分泌が十分でないために骨の成長が遅れます。
そこで、毎日1回、注射によるGH投与(成長ホルモン療法)を行うことで成長を促します。現在では糖尿病患者が一般的に利用しているインスリンの自己注射と同様に、簡単に自己注射(小学生ではほとんどのこども達が自分でふとももに打てます)できる装置が複数の会社から出ています。
SGA:子宮内発育不全(妊娠週数に相応しない小体格:Small for Gestational Ageの略)による低身長のこども達がSGA性低身長症です。妊娠満期で生まれても身長や体重の小さいこどもや、早産で妊娠週数に比べて小体格で生まれたこどもはSGAと呼ばれます。
SGAで生まれたこどもの多くは3歳までに身長が伸びますが、身長の伸びがみられず、一定の条件を満たす場合には成長ホルモン治療の適応となります。(本稿では、より頻度の少ないその他の疾患には言及しませんでした。GH補充療法が行われているその他の疾患は、慢性腎不全、ターナー症候群やプラダー・ウィリー症候群などの染色体の病気、軟骨異栄養症など骨の病気などがあります。)
【背が伸びるサプリメント!?】
その昔、民間会社の売り出しで、「ベッドに装着して睡眠中に両足を引っ張って身長を伸ばす機械」を見たことがあります。どうも、背が伸びたいのは、背の低い方々の万人の望みの様です。
飲むだけで背が伸びる健康食品があればいいですね。しかし、残念ながらこれらの有効性は認められていません。無駄な出費は控えましょう。勿論、「早寝早起きと、好き嫌いなく食べる」は成長を促す大切な生活習慣です。成長ホルモンは、入眠後少し経った頃に放出されます(大きなピークはこの1日1回限りです)。確かに、“寝る子は育つ”のです。
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